アスキラ




「アスラン、こんな所にいたの」
 キラが向く先には、アークエンジェルの甲板に出て、手すりに寄りかかって月を見上げているアスランがいた。
「ああ、・・・眠れなくてな」
 アスランの顔には焦燥の色が濃い。当然か。明日はいよいよアークエンジェルが空に向かって飛び立つのだから。
 そしてそれは、シンとまた再び戦うかもしれないことを意味しているのだから。
「明日は早いから。体、休めておいた方がいいよ」
 キラが声をかけるが、その通りにする様子はない。何か考え事をしているアスランに、何を言っても無駄なのはもう分かってることだが、それでも言わずにはいられないほどアスランは憔悴して見えた。
 返事は無い。
 キラは歩き出す。その足取りは軽くても、しっかりとしていて、ゆっくり、一歩ずつ着実にアスランの元へと歩を進める。数メートルしかないお互いの距離はすぐに無くなり、やがて数秒もしないうちにアスランの横に来ていた。
 手すりにアスランと同じように体重をかける。手すりが軋む音が甲板に響いた。歴戦のアークエンジェルは、いかに修復しようともその傷は残っているらしい。いや、ただ単に、こんな所に手をかけている暇は無いといった所だろうか。
「あんまり考えすぎても、しょうがないよ。アスラン」
 キラの気遣いを感じたのか、アスランはキラに笑顔を向けた。ただ、見てるこっちが痛くなるくらい、悲痛な笑みを浮かべられた所で、キラには安心しようは無いのだが・・・。
 無言の沈黙に耐えられなくなったのか、アスランの口が開き、訥々と言葉が漏れる。
「本当はこんなこと、するべきではないんだろうな」
 ふっ、と漏れた言葉。それを自ら否定する。
「いや。ただ、オレはしたくないだけなんだろうな。戦争を」
 ただそれだけの言葉。当たり前といえば当たり前すぎてどうしようもない言葉。おそらくは、今世界中で同じようなことを思っている人は何人も、何千人も、それこそ、何億人。人類全体が思っててもおかしくないほど当たり前な言葉だ。
 だけど、今、その言葉を言ってるのは、隣にいるアスランなんだ。もう二度目の戦争に巻き込まれて、自分の力を他人に振り回されて、悲しんでいるアスランが言っているんだ。
 ただ、そのことだけが、キラの心を内側から熱くする。
「それは、みんな思ってることだと思うよ」
 しかし、その熱さはいつものように燻り、胸のうちで表面には出ない小さな炎となって、心を焼いていく。その結果出た言葉は、慰めの言葉でも、同情の言葉でもない、ただの一般論。
「それもそうだな」
 アスランの同意の言葉。僅かな失望のような諦めのような、そんな空気が混じったのは気のせいではないだろう。
「ただ、だからこそオレたちはそれを何とかしなくちゃならないんだ」
 苦しい言葉を無理矢理ひねり出すのに、どれだけの力が必要だろうか。想像も出来ないほど苦しんでいるアスランを見ていると、こっちまで苦しくなっていく気がして、胸が締め付けられる。
 うん、と、答えを返すのは簡単だったろう。でもその一言がなかなか出ない。喉の奥で言葉が絡み付いて、つっかえていて、それ以上言葉が出てこなくなる。
 やっとの思いで喉のつっかえ棒が取れたと思って、最初に出た言葉は、ただ相手を思う気持ちとその言葉だけ。
「アスラン・・・」
 ついつい見つめてしまう。視線に気持ちがこもるというのは本当だと思った。自分の視線が何も持たず、ただ見ているだけというのではあまりにむなしすぎると思った。この心がアスランにも届いて、そのまま絡み合って、ほどけなくなって、一つになってしまえばいいと、本気で思っている自分に気がついた。
「キラ・・・」
 こちらの視線に気がついたのか、アスランが視線を向ける。

 視線が、
 絡まる。

 見つめ合った二人の間に存在する距離は既にゼロに等しい。
 心が一つになってしまったのだから距離などはあるはずもない。
 例えこの気持ちが自分だけのものだとしても、それは絶対に譲れない気持ちだと、思った。


 どちらともなく。思った。






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