僕と兄貴
「やあ兄貴」 「お前・・・」 僕の兄貴であるこの人は、まったくもって情けないときたらありゃしない。弟が目の前で包丁を構えていても全く反応しないとは情けないを通り越して哀れみさえ覚えてくる。 「どうしたの兄貴? 逃げないの?」 「逃げる、ってお前・・・」 何あわててるんだか。いい加減現実に気付けよ兄貴。アンタは俺に殺されようとしてるんだぞ? 気付いてるのか気付いてないのか気付いてるのにその現実を環状で押さえ込もうとしているのか理性で跳ね除けようとしているのか。まあどれにしても、棒立ちの状態の的に代わりは無いんだから。 ああ、でもこんな無防備な兄貴を殺してもなんにも面白くないよな。だってそうだろ? 抵抗もしないで死んでいくだけなんてむなしいにもほどがある。せめて現状理解をさせて絶望させてから殺したいものだ。 「何持ってるんだよお前・・・」 「包丁だよ? 見てわかるでしょ結構高かったんだ。通販で9800円で千切りカッターと研ぎ石がついてきたんだよ。まったく他のものつけるぐらいだったら安くして売ってくれって話だよな」 「そんな、そんなことはわかってるんだよ! 何でお前はそんなもん持ってるんだよ!?」 ああ、やっと本題に入ってくれたうれしいよ。 「兄貴を殺すためだよ」 「――ッ!!」 そんなにおどろくことはないじゃないか。 「そんなにおどろくことはないじゃないか。誰だって潜在的に死ぬ可能性を秘めているんだ。それがいま顕在化しただけのことだって言うのに兄貴は何におびえているんだい? まさか僕がそんなことをするとは思わなかった? あはは。それは愉快だね。実に愉快だ。その先入観が自分を殺すことになるってことを知りながら僕は兄貴を殺すけど、何かやり残したことはある? そうかそうか何も言わないってことは何も無いってことだね? それとも死ぬ前に死んでおきたかったかな? まあ僕も一度は死を体験してみたくも無いことも無いけどね。死ぬことで他の可能性を全て捨ててしまうのは実に哀しいことだと思ったからまだ死んだことは無いけど、兄貴はもうどうせこの後に死ぬんだから一度死んで見るのもいいかもしれないね。とりあえずまず僕が殺して、次に僕が殺してあげるよ。それでいいだろ? ね。兄貴?」 兄貴は僕がしゃべっている間一言も口を開かなかった。恐怖に感じてるのは足が震えてるのでわかるけど、心理学を専攻していなかった僕にそれ以上のことはわからない。どのくらい怖がっているかもしりたいけど、まあしゃべれないなら仕方ないかな。とりあえず叫び声だけ聞いてみることにしてみようかな? 「ッ!! があああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」 なんだ。面白い声でも出すのかと思ったら大したことは無かったな。たかが腕を斬り落とされたぐらいであげる悲鳴としてはまあ十分だけど。 落ちてる腕を拾ってみたけど、切断面は血に濡れててよくわからないや。この黄色っぽいぷにゅぷにゅしたものは脂肪分かな? あんまりないみたいだから、兄貴は痩せ型なんだろう。まあ見た目からでもわかることなんだけどね。強めに握ってみるとなんか水っぽい音がした。切断面から血が流れて腕に滴り落ちてきたけど、今日はこういうこともあるんだろうかなあとか思って半袖にしてきたから問題は無い。神経とか筋肉とかびろびろ出てるけど、特に気にしなければただの腕だし。 腐らないようにしてもってかえろうかな? 「ああああああああああああああああああぁぁぁぁああああ!!!」 そういえば兄貴はまだ叫んでるよ。まだ僕はここにいるって言うのに呑気なもんだね。鼻水とか涙とかたらして醜いなぁ。もうちょっと人間としての誇りを持って生きて欲しいよ。あれ? これから死ぬんだからそれは違うか。もうちょっと人間としての誇りをもって死んで欲しいよ。 でもこのままだと逃げちゃうかもなー。逃げられても面白くないし。足でも切っておいておこうか。でも人間は三分の一の血液を失うと死んじゃうってどっかの本に書いてあった記憶がある。死んじゃったら面白くないな。まあ最後には結局殺しちゃうんだけどそれでもすぐ死んじゃうと面白くないから切り落とすのはやめて腱だけ切っておこうか。 「お前・・ハァ・・ハァ、もうやめ・・・・、ッああぎゃあああああぁぁぁあっぁぁぁ」 両足切ったからコレでしばらくは動けないかな。なんか切る時に、伸ばしたゴムが切れたみたいにバチッっていう音がしたけど、結構いい感じの音だった。二回しか聞けなかったのが残念だ。他の場所でもアキレス腱みたいにあんな音するのかな? したらいいと思ったけど、そしたらまた出血が増えて困ることになりそうだ。 「どう? 痛い? 兄貴。」 なんか既に反応が薄くなってきてるなあ。 「叫んでるだけで答えてくれないんならさわっちゃうよ?」 ああ。意外と硬いな。筋肉ってこんな感じなのか? また大きな声出して兄貴ったら。なんか肉が丸見えの腕のなかに指突っ込んでみたけど、抵抗が大きくてなかなか奥にいかないなー。ああもう! 逃げないでよ兄貴。兄貴が逃げるから両手使う羽目になっちゃったじゃないか。 左手で腕をつかんで右手でぐりぐり押し込んでいくと、押すたびに血がどくどく出てくる。ん? なんだこれ。指に少し絡まるようにあった細い糸のようなものを引っ張っていったら、 「うっがああぎゃがあああああああ・・・ひッひっひいあぎゃゃがぁがあああああ」 兄貴がまた一段と大きい声を出した。 どうやら神経を引っ張っちゃったみたいだね。多分痛覚神経だったんだろうけど。面白いから全部引き出し・・・ああ、もう切れちゃった。つまんないなあ。 また手を突っ込んだけど、喉が枯れちゃったのか兄貴の叫び声はもうほとんどかすれて聞こえなくなってきてる。でもちゃんと、中に入れた指をねじると、反応してくれるのが心地いい。 「あー。でもそろそろ飽きたかなあ」 血も結構流れたし、兄貴の顔もだんだん青くなってきている。 「よし。じゃあ、もうやることもないし」 兄貴は僕がそういった途端に顔色を変えてこっちを見つめてきた。まったく、そんなに期待しないでよ・・・まあ期待にこたえられるかは別だけどね。 「これで終わりにしますね?」 そういって、僕は兄貴の眼球に穴あき包丁を奥深くまで刺し込んだ。 後頭部から、その刃が生え出すまで深く。深く。 頭から出てきているのは血と、脳漿と、後は眼球の中身だろう。眼球って、中にはゼリーみたいなぷよぷよしたものがはいってるんだよね。これがまたおいしんだけど、流石に人間のは毒っぽいらしいからやめておこう。 とりあえず包丁を引き抜いて、仕上げに反対側の眼にも刺しておいた。こっちは突き刺すんじゃなくて、眼のくぼみの上から滑り込ませるように入れて、てこの原理を使って眼球を取り出そうと思ってたんだけど、意外とやわらかかったもんで、結局、きれいにはがれなかった。残念。 こんなんで生きていられるとはまず思わないけど、まあ念のためってことで、がんばって頭蓋骨を切り落として、水平に真っ二つにしといたから。これで起きることは無いだろう。 それを確認した俺は、手術室を後にした。 ドアを出るとき、入れ替わりに入ってきた医者たちの声が僅かに聞こえた。 「外傷は・・・・・・臓器の損傷・・・・・眼球・・・もう使い物にならないが・他の・・・・は十分に使える。傷つ・・・ように大事に・・・」 まあでも。 もう僕には関係の無いことだけれどね。 --------------------------------------------------------------- |