痛みと孤独1



 一人きりというのはなにも物理的なものだけではないことを知っている。
 結局は人間は一人だ。とぼやいてみても、それがただの自虐に過ぎないことを分かっている。
 無論、やろうと思えば人間は一人でも生きていける。無人島にたどり着いたらそこにあるものを食べればいいし、都会で一人になったらコンビニにでも行けばいい。精神的に孤独を感じた所で何も不自由になることは無い。ただ生きる気力がなくなるだけだが。
「はぁ」
 意図せずしてため息が出てしまうのは、もう癖になりつつある。
 学校と言う閉鎖空間に押し込められ、そのなかの40人ほどの人間と友好関係を結べと言われても、出来なかったものはダメだったのだからしょうがない。
 何故? 何故出来なかったのかは分からない。
「はぁ」
 もう一度だけため息をついて、本来なら親しい友人とおしゃべりでもしている休み時間を、窓の外を眺めるという無為な行為につぎ込んでいる。二階なので視線の高さは大体高度5mくらいか。地面からいくぶんか離れた空気は、真冬の寒さを体現するかのように風をうならせ、それに巻き込まれた枯葉が上昇下降を繰り返す。
 窓の外に見える、雲、樹、南校舎、空、コンクリート、土、校庭、太陽・・・。
 それぞればらばらなものたちが組み合わさって、窓と言うキャンパスを通して一つの大きな景色として認識できる。素直に、すばらしいと思う。
 ただ、自分はそんなふうに周囲と溶け込むことが出来るだろうか?
 確実に浮いていると感じても、どうしようもないもどかしさ。
 一人でいるという楽な方を選び自分から努力することをやめてしまった愚かさ。
 だからといって現状でどうにかなるはずは無いやりきれなさ。
 そんな複雑な、そして全てマイナスな思考が絡み合って、ため息ともに空中へと流れていく。
「はぁ」
 今日通算195回目のため息をついたところで窓から空を見上げると、上空から女の子が落ちてきたので、窓を開けて飛び出して空中で抱きとめた。
「あ」
 飛び出してから気付いたのだが、確かここは二階だった。まあいいか。骨が二、三本折れるだけだし。かなり高高度からふってきたのか、女の子の衝撃はとてつもなく大きなものだったが、キャッチの衝撃は右腕と右肩にひびが入って、左腕が折れただけですんだ。
 空中と言うことは着地しなきゃならないわけだが、足から降りてみたのでたぶん右足にひびが入って指の骨は粉砕骨折したと思うが、まあ骨盤が無事なら大丈夫だろう。
「大丈夫か?」
 まあ衝撃は大体吸収したと思うがちょっと響いてるかもしれないし。ムチ打ちでもしてたらとてもかわいそうだ。
「う・・・あ、ふみゅぅ・・・・・・」
 どうやら気絶でもしていたようだ。このまま起こしてやるのもいいが、本当に気持ちよさそうに寝ているようにも見えるので寝かせておいてやるか。と、思った矢先に、起きた。
「・・・ぁ、あれ? えっと、えーっと・・・お、おはようございま・・・す」
「ああ、おはよう」
 どうやらなんとも無いようで何よりだ。ん? 顔が赤いな。体調でも悪いのか? そういえば俗に言うお姫様抱っこの状態になっていた。この体勢だと首に負担が掛かるらしいな。降ろしてやるか。
 ゆっくり、高価な宝石を台座に乗せるようにゆっくり、静かに降ろしてやった。
「あのぉ、えっと、ど、どうも、どうもありがとうございました!」
 頭をこれ以上下げられないんじゃないかというぐらいめいっぱい下げて、その女の子は感謝の言葉を述べた。この時になって、はじめてこの子のことをしっかり見た。
 身長は大体オレより30センチ小さいぐらいか。それでもオレの身長は182ほどあった気がするので150。小学生に見えなくも無い。体重はさっき持ってみた感触だとそこまで重くは無かった。まあ小さいからそれくらいが普通なんだろうと思うけど。
 降ろしたら腰まであると思うぐらい長い髪の毛をツインテールにして下げている。リボンは何故か不可思議なほどに大きくて、でもそれが似合ってるので別に違和感は無い。顔は・・・かなりいいと思う。とりあえず世間一般ではかわいいと分類されてもいいんじゃないかな? そんな女の子だった。
「ホントにありがとうございました! 死ぬかと思いました! 命を助けてくれて本当にありがとうございます!!」
 頭を下げたまま、女の子は感謝の言葉をいくつもいくつも並べていった。それこそ語彙の尽きるまで。
「うん。どういたしまして」
 そうそっけなく答えた所で授業開始の鐘がなった。
「あ、ごめんね。ちょっと授業に戻るから」
 言い残して教室に向かって歩き出す。が、一歩踏み出した瞬間、彼女が言った。
「え、その・・・あの・・・えと、・・いっしょに」
「ん?」
「・・・・・・一緒にいてくれませんか!?」
「ん、ああ、まあ別にいいよ」
「あ、ありがとうございます!」
 どうやら彼女に気に入られてしまったようだ。
「名前は?」
「え?」
「君の名前」
 一瞬彼女はきょとんとしていたがすぐに真顔に戻り、必死な形相で返事をする。
「え、えっと、エリス! エリスと言います!!」
「エリスね。分かった。じゃあエリス、ついてきて」
「は、はい!」
 とりあえず彼女を連れて暖かい保健室にでも行こうか。流石にこの真冬に外は寒かろう。あ、保健室で思い出したがそういえば骨折していた。折れた箇所が脳に激痛を伝えてくるのだが、まあどうでもいいか。そのうち治るだろ。
「ふぅ」
 ため息ではない呼吸を一つ。久しぶりの長い会話で結構疲れたらしい。

 まあ、そんなこんなで彼女、エリス・クラディス・ハルベルトは、一人暮らしのオレと同居することになった。

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