第一章



 小春日和。
 ダイニングに入ってくるなり新聞を開き、椅子に腰掛け、その新聞を読みながら洸平はオレに話し掛けた。
「龍花さん。おはようございます。いやあ、雲一つないどこまでも広がる青空ってほんといい天気ですねぇ。
 まあ僕にとっては雨じゃなければ、曇りでも雪でもいい天気なんですけど、そんなのは僕から見た主観的なものなんで特にお気になさらないでください。いや、べつに龍花さんが雨の日をいい天気と言おうが、嵐の日をいい天気と言おうが、僕はそんなことでは態度を変えることはありませんので特に心配はしなくていいですよ」
「するか。死ね」
 洸平の無駄口は、もはや死んでも治らない。無意味な単語の連続には人間をイライラさせる成分でも入っているのか? 誰か調べてほしい。……自分でやれって? 知るか。オレはやらない。
「つれないですねぇ。せっかく挨拶したんだから『おはよう』ぐらい言ってもらってもバチは当らないと思うんですよ。思いませんか? まあ神様を信じないんだったらバチがあたるなんてことも気にしないとも思いますけど、やっぱり挨拶には挨拶を返すのが礼儀なんじゃないかと僕は思うわけですよ。それともあれですか? 僕はたった一言、挨拶もしてくれないほど龍花さんにひどいことをしたんですか? 僕の記憶の中にはそんなことは少しも残ってないんですけれども、もしそうだとしたら謝っといた方がいいこともないような気がしてならないので正確なところをどうか教えていただけたりするとありがたいのですが」
「した。よって死ね」
 おい神よ。
 なぜこいつに言語という高等なものを与えた? きまぐれとか言ったらオレが殺すぞ。てめえのせいでオレがどんだけイライラするかわかってんのか? よく考えてから行動しろ、この無能神めが。
 と、意味不明な理論展開を頭の中で繰り広げながら、沖山龍花は朝飯をつくっていた。別にどうと言うことはない。ただの焼き魚と味噌汁とごはんとその他。
 出来た料理を机の上に並べる。四人分。そんなものを何で作っているかといえば、原因はオレにあるんだから。しょうがない。食事当番のジャンケンで負けた昔の自分を罵る。あんな運とその場の雰囲気でいくらでも変わるような不確かな決定方法でその後全ての食事当番を決定するのはいささか問題があると思うが、オレも最初に同意してしまったので文句は言えない。ちゃんと考えて行動しろ昔の俺! うるさい今の俺!
 無駄思考は無駄以外の何物でもないことに気付き終了。さっさと支度をする
 正方形のダイニングテーブルの一辺に一人ずつ座る。頂点に座ったり、一辺に複数人入るようなことは普通はしないので、必然的にそうなる。普通じゃないって言われればおしまいなんだけど。
 それからも聞こえてくる洸平の声にうんざりしてきて、毎朝のことながら洸平の味噌汁に味噌を当社比で二・五倍にしようか本気で悩んでいると、ダイニングの扉が開き明日香が入ってきた。
 高梨明日香。
 髪の毛は肩で切りそろえ、化粧は全くしていない。めんどくさいかららしい。それでも、十人男がいたら七・五人は振り返るほどの顔の持ち主なので全然問題はない。ただし声をかけた瞬間からそのイメージはもろくも崩れ去る。なぜなら性格に問題があるからだ。わがまま。ジコチュー。自分のことしか考えない。やりたい放題。洸平並みに喋る。そして暴力的。
 そんな極端な性格の明日香は、大きなあくびをしながら洸平に手をふる。
「ふあぁ。よく寝たわ。あ、おっはー森知君」
「おはようございます明日香さん」
 洸平は快く挨拶をする。オレはすこしイライラしていたので八つ当たり。
「つーかてめえ、寝たの四時だろ。よく寝たもなにもねえだろうが。なんか一般人と違うんじゃねえか?」
 まあたしかにオレ達は一般人とは違う。ちょっと違うところはあるが、その中に睡眠は特に関係はなかったと思う。いやなかったはずだ。
「うるさいわねえ。黙ってなさいよロン毛。私は寝てる時は他の人間と時間の進みかたが違うのよ。だから少しだけでもたくさん寝てるの! 時間密度が高いの! エントロピーが低いの!」
「意味不明だからそこらへんでやめとけよ。いやむしろやめろ。オレにバカが伝染る」
「もともとバカな人間には伝染らないわよ」
「タイプが違うんだよ。オレはまともなバカ。カナはバカなバカ」
「まともでもバカはバカなんでしょ。どっちにしろ変わらないわよ。……って、ん? あれ? ちょっと待って。ってことはトラと私、同レベル? だめだめ。そう、そうよトラのほうがなんとなく頭使ってなさそうじゃない? だからトラの負けね。私の勝ちね。わかった? あーゆーおーけー?」
「大丈夫か? って聞きてえのはこっちだ」
 『え?あなた龍花っていうの?じゃあ龍だからドラゴンね。略してドラ!あ、でも言いにくいからトラね』という摩訶不可思議的理論により決まった「トラ」というあだ名はいい加減変えて欲しいのだが、一度ついたあだ名を変えるのはなかなか難しいことに最近気付いた。ナイスだ俺。気付いただけだが。
 オレが高梨明日香のことをカナと呼ぶのは、まあ仕返しみたいなもんで、高梨のまん中二文字をとって<カナ>になった。
 お互いバカだったと後悔してるが、それがそのまま使われ続けてしまっている。
「明日香。意味不明だ」 
 唐突に、明日香の後ろから乙が現れた。
 乙 一。年齢不詳。いつも黒い服を着ている男。女が十人いたら十人が振り返るほどの美貌の持ち主。ただし、常にサングラスをかけているのでその素顔がじかに見られることはほとんどない。部屋の中でもサングラスをかけている精神はどうかと思うが、ポリシーなんだろう。
 一応全員揃ったので、食いはじめる。

「あ! おいちょっ、カナ! なにオレの分の魚とってんだよ!」
「なに? おいしいからに決まってるじゃない。いいじゃない。まったくケチなんだから」
 明日香は胸を張って言いやがる。言ってるあいだも自分の分の魚を食べてんのは器用と言うべきか。
 その横で洸平がぼそっとつぶやく。
「お前のものはオレのものって、ジャイアンニズム精神ですね」
 地獄耳の明日香が聞きつける。
「なんか言った? 洸平?」
「いいえ。特になにも言ってませんよ」
 笑顔で言われると嘘っぽく聞こえるのはオレだけだろうか?まあ嘘だろうが。
 そうこうしているうちに明日香が自分のを喰い終わり、オレの分の残りをを食おうとする。まったくもって油断ならん。
「おい、カナ」
「なに、トラ? もう返さないわよ」
 いぶかしみながらも、オレの反対側に魚を箸で遠ざけながら明日香は言った。そのセリフは無視し、オレは明日香の肩に手をおいて優しくさとすように言った。
「いいからもう喰うな」
「いやよ。これから……が…………」
 数秒、明日香は思考し、愕然とし、怒りながらこっちを向いた。
「トラ! こんなところで能力使うなんておかしいんじゃないの!? とっとと取り消しなさい。ずるいわよ! 汚いわよ! セコいわよ!」
「人のメシを食う方が数倍汚いわ、黙って返せ」
「いやっ。それだけはいやっ!」
「どうせ食えないんだから渡せ、渡すんだ、渡しなさい!三段活用!」
 うだうだやってると、洸平の声が聞こえてきた。
「ごちそうさまでした。おいしかったですね。……それより龍花さんももう時間ですよ。早くしないと遅くなりますよ。ってちょっと考えてみれば当たり前のことですけれど気にしないでください。それでは」
 洸平は去っていく。
 オレは時計を見て、「ぐわ〜」といいながら悔しさいっぱいの顔で部屋に戻ろうとする。
「ちょっと、トラ! これ解除していきなさいよ!」
 オレは振り返り、一言。
「道連れだ」
 明日香の怒鳴り声が聞こえてきたが無視する事にした。
 


          *     *     *

 世界には特殊な能力をもった人間がいる。ちなみにオレ(沖山龍花)たち、(オレ、洸平、明日香、キノさん)も、その能力者の内に入っている。キノさんの話によると、日本には潜在者が一万人、発現者はその十%ほどいるらしい。ホントのところはよく知らない。
 それでも、そんな能力があったところで特に日常生活に影響はない。
 基本的に能力者はその力を隠す。ややこしいし、問題になりやすいからだ。それでまず人前では使えない。そして特に、能力を使わなくても、普通のもので何とかできることが多いのだ。よって、あまり役にたたない。
 オレの能力は、『禁止』<人に触れながら、禁止したいことを相手に理解させればその行動を禁止できる>というもの。条件なんかはいろいろ明日香や洸平で試してみた。使ってみるとわかるもんだが、高校生にはまったく必要無い。命令するがわにいないから、禁止させることがない。使えるとしたらさっきのような時ぐらいだ。せめて学級委員とかなら使えたかもしれない。どうせ真面目にやらんだろうが。
 洸平の能力は『高速再生』<身体を活性化させ、傷を瞬時に修復させる>。こっちはケンカとかに使えそうだ。
 明日香は『超感覚』<常人より遥かに高い感覚能力をもつ>。つまりはとてつもない視覚と聴覚と嗅覚と触覚と味覚をもっているということ。使えるか使えないか、やはり微妙。まあ、眼がいいのはいいことだ。
 キノさんは『壁』<空間に不可視の壁をつくり出す>。昨日は明日香もこれに助けられたらしい。本人は認めてなかったが。まあ、これも微妙。
 PKとかなら一人のときに横着できたりしたのに。まあ、今のままで使い道を考えよう、ということで。朝のような使い方をしたりしている。いいんだか、悪いんだか。……多分悪いんだろう。
 
          *     *     *

 この高校の出席確認はチャイムの時刻が基準だ。チャイムが鳴り終わるまでに教室に入ればセーフ。一秒でも遅ければアウト。余韻がなく、プチッと切れるので、ごまかしがきかない。教師は既に教室にいる。
 そのチャイムが、今鳴り始めた。現在地は一階昇降口。目的地は二階最奥の教室。全力疾走開始。すでにこの地面につくかという長い髪の毛で目をつけられている。遅刻が重なれば最悪留年もあり得るために、本気で走る。その髪の毛がうしろに水平になびいている。それだけの速度で走っている。右横の『廊下は歩く』のポスターを一瞬だけ視認。ふざけんじゃねえ、こちとら命かかってンだ。不安定な精神はポスターごときにも反応してしまう。
 あと五メートルちょっと。タイムリミットももうすぐ。
 キーンコーンカーンコ−……。
 ガラガラガラガラ。とドアを開け滑り込んだ時、ちょうどチャイムの音が切れた。
 ハァハァハァ……。「ぐはぁぁぁぁ〜」
 とりあえず安心して自分の席にむかい、机に向って倒れる。
 と、後ろの席からかん高い男の声が聞こえてきた。
「お疲れ、ハナちゃん。大丈夫だった? いつもよりちょっと遅いね」
 肩で息をしながら洸平は答える。
「すこし凶暴猿と格闘してたからな。それとハナって呼ぶな」
 ついでに何度目か判らない訂正。いきなり話しかけてきたのは後ろの席の田中。下の名前は知らない。というより、忘れた。一年のときからの腐れ縁で、二年生になった今でもいまだに田中で済ましている。特に問題はおきていない。…………はずだ。
「そんなことより、ハナちゃんの机の中に封筒入ってるよ。ラブレターか呪いの手紙かチェーンメールかはわからないけどね」
 オレの訂正を軽く無視し、田中は嬉しそうにオレに言う。
 何で嬉しそうなんだ? そして何故チェンメ?
 よくわからないが、とりあえず手紙の封を開けようとして、……………………やめた。
 視線を感じる。背後から。わかりやすく言えば田中から。
「…………………」
「…………………」
 後ろでじぃぃぃぃぃっと見つめる人間がいたので、手紙は机の中へ。
 ラブレターはまずないが、もしもその手の手紙でそれを田中に見られるとなれば、オレはこのクラスのおもちゃへと成り下がってしまう。こいつの辞書にプライバシーという単語はない。
 それでも、田中が勝手にに人の郵便物を開けて見るような非常識なやつじゃなくてよかった、と思った。いや、まさかもう見てるとか・・・。ありえない話ではないだけに結構不安だった。

 ショートホームルームが終わり、一時間目の教室移動の時にトイレに行って中を見た。
『沖山龍花さんへ
 一時間目の授業中に屋上に来てください
          あなたに恋する乙女より』
「…………………………………………………………………………」
 馬鹿か? 馬鹿なのか?。

 騙されたわけでは断じてない。何故かって、まず一人称が『あなたに恋する乙女』の時点で、本気で書いたとしたならばどう考えても社会不適合者なのだから。どうせ手のこんだいたずら、もしくは果たし状なのだろう。
 オレは特に暴力関係で目立つ気はないのだが、微かに赤みがかって染めたように見えなくもないこの長髪を見たら、多分オレが上級生でも、生意気なやつだ、と思うと思う。よって、目をつけられていじめ(?)られるのだが、一介の高校生に過ぎない先輩方の技術では、キノさんと毎日と言っていいほど戦闘訓練をしているオレにかなうはずなく、結局返り打ちに会うことになる。そして、そうなると別の集団、または力に自信のある馬鹿共が集まってきたり、別の学校から挑戦状を叩き付けられたりしてしまう。それに勝つとまた別のやつ……で、デフレスパイラル突入ということになっていく(あれ? インフレスパイラル?)。どっかで負けてしまえばよかったのだが、それはそれで悔しいのでつい勝ってしまう。そんなこんなで敵多し。果たし状も現実味を帯びてくる。
 まあなんにせよ面倒ごとは早めに解決するに限る。
 と言うことで、屋上に来たのが十分前。まだ春とよんでいいはずの季節なのにこの暑い日射し。唸るような太陽。だんだんのぼっていく気温。本当に『口は災いの元』なのか? 思考回路も微かに麻痺し始めて来た。いい加減戻ろうかとも思ってきる。
 普通は呼び出した方が先に来るんじゃないか? だんだんと暑くなってきたのでもう教室に戻ろうと、屋上に通じるドアに向きを変え一歩踏み出した時、

「………ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおりゃあああああああ!!!」

 叫び声が上から聞こえた。遠くから近くに向ってくるように声がだんだん大きく聞こえてくる。
 どんっ、という音と同時に、階段の屋根の上に謎の男が着地した。そっちを見ると、ちょうどその時太陽がその男のうしろにあったため、男のほうを見ると後光がさしているように見えた。しかしあくまで気のせいだろう。……気、の、せ、い、だ、ろ、う。
「ハ〜〜〜〜ハッハッハッハッハッハ〜〜〜〜〜〜!!!」
 謎の男が腰に手を当て、謎の奇声を発している。
 がんばって目をこらして見ると、その男は眼鏡をかけていた。服装はどこかの学校の制服だろう、ワイシャツに下はベージュのズボンだ。優等生っぽい雰囲気をまとっているが、笑い声が全てを台なしにしている。その笑い声は三流の戦隊ものの悪役の笑い方に似ていた。
 とりあえず、笑い続ける男にむかって手紙を差し出し、一つ疑問に思ったことを言う。
「なあ、この手紙はお前のか?」
「そうとも! この私直筆の君に贈った手紙だ。じつはそれは罠だったのだが、まんまと罠にかかってくれてありがたい。これで一人で待っていたとなればとても美しくないのでな。こっちが礼を言いたい気分だ! よって礼を言おう。ありがとう!」
「いや、オレはべつに礼は言いたくない」
「そうか。まあそんなことはどうでもいい」
「いいのかよ」
「いいのさ。ところでそんなことを考えていてもいいのかい? 沖山龍花君。私の使命は君の抹殺なのだが、ぼ〜っとしていて大丈夫なのか?」
「いや、だからそんなことは初めて聞いたし、抹殺って。っつーか、ばらしてもイイもんなのか? そのなんか機密事項っぽい事」
「正義のミカタはまず名乗る事から始めるべきだ。これが世界の掟なのだからな」
「掟なのか? そしてお前は正義なのか?」
「二つともイエスだ。そういえば私はまだ名乗ってなかったな。これでは掟に反する事になってしまう。ということで、私の名前は三鷹空海。三匹の鷹と空と海さ。どうだ、美しい名前だろう。かの修行僧空海と同じ名前であるぞ」
「いや、わからねえ」
「わからないのか!? そうか、この美しさが理解出来ないとは残念だ。ああ、本当に残念だ」
「で、あんたはなにをしに来たんだ?」
「もちろん君を殺しに来たのさ。しかしいきなり背後から一撃で葬るのはなかなか美しくないではないか! 本当の美しさとは、正義と悪と言う二つの力同士の拮抗の末の勝利と私は考えているのだよ。この会話はその両者の価値観のみぞを確認するためのいわば前振りに過ぎない! わかっているかね龍花君」
「別にわからなくていい……」
「それだ! それがよくない! 美しさに無関心になった人間は美しさを求める事が無くなる。それによってこの地球が美しく無くなっていく。ああ、なんて悲しい未来なのであろうか。私はそれを望んではいない。ゆえに、こうして今も美しさを求め続けているのだよ」
「美し………さ?」
「な……! なんだ今の最後の疑問符は!? もしや君は私が美しくないとでも言いたいのかね!?」
 眼鏡をしきりになおしながら、三鷹は言う。
「……………」
「ま、まあいい。それよりそろそろ始めようではないか」
「別にオレは待ってたわけじゃないんだが」
「そんな事は気にしない。美しければそれでいい」
「……バカだ」
「ああ、馬鹿で結構さ。そのかわり美しいからな!」
「そうか?」
 三鷹はオレの言葉を無視し、今まで組んでいた腕をほどき、まるで十字架のように両手を左右に大きく開
「さあ、はじめるぞ龍花君! まず先攻はこちらでいかせてもらおうか!」
 身勝手な、という暇もなく、三鷹は右手を上にかかげる。その手の中にはオレンジ色に光る光球が浮かび上がった。
「シャイニングゥゥゥゥ!」
 ピッチャーよろしく、ふりかぶり、
「バアアアアアァァァァーニイイイィィィィーーン!!!!!」
 絶叫とともに肩の関節が外れるかと思うほどの勢いで、手のひらをこちらに向けて突き出す。
 直後、爆音が轟いた。
 爆音の寸前に見た景色は、三鷹の手から放たれるいくつもの光球。それがコンクリートにぶつかった時の爆発。そして火炎。
 一瞬の内に屋上は火の海となった。
「っつーか! なん、で、叫ぶンだよ!」
 基本的に能力の発動に言葉はいらない。まあ、オレの能力、というか第弐種能力は催眠的な要素が強いので言葉を使う事もあるが、叫ぶ事はないだろう。
 明るさと熱さに身体が焼けそうになってくる中でも冷静にツッコんでる自分を自覚し、激しく自己嫌悪。
 そんなこっちの思いなどつゆ知らず、三鷹は余裕でオレの質問(ツッコミ)に答える。
「当たり前ではないか! それが何故かと問われれば、もちろん必殺ワザだからだ! 必殺ワザを大声で叫ぶというのは、常識を通り越して既にこの自然界の摂理なのだからな!」
「ああそうかい!」
 投げやりに答えながらこの状況の打開策を探す。まさかここまでやるとは正直思ってなかったが、やられてしまったものは仕方がない。熱にヤラれそうな脳みそをフル回転させて対策を考える。
 まずはこちらの戦力確認。コイルガンはバッテリーの充電中で撃てない。拳銃は持ってきてすらいない。屋上のこんなどまん中に武器が落ちているはずもなく、コンクリートを砕いて使うほどの勇気と根性と頑丈さは持ち合わせていない。能力は接触型なので、遠距離ではほとんど意味がない。つまりは徒手空拳。……やべえ。
 対して三鷹は『炎使い』と思う。というかそれ以外は有り得ないだろ。シャイニングなんたらとかいう変な名前をつけているが、あれは広範囲の火炎弾攻撃と見て間違いないし。遠距離でも近距離でも有効のはず。もし自分の炎が全く効かないという事であれば、近距離で炎を振り回され、直接殴る事も出来ない。
 どうする?
「美しくないな! じっとしているでけではほ乳類の薫製になってしまうぞ! 足掻け、逃げろ、抵抗しろ! 最後の最後まで美しく歌ってくれ! 美しく散ってくれ!」
 思考を中断させる嬉々とした三鷹の声が聞こえて来た。
 何で喜んでいるのかは宇宙開闢以来の謎だ。そういう事にしておく。
 しっかりと無視し、考えた末の答えは一つ。『能力の発動を禁止する』まあ考えなくても同じ結論に辿りついたのは間違いないだろうが。というかこれ以外に何かあるのか? まあとにかく実行に移すために動き出す。
 しかし、こちらのたどり着く結論が一つならば、少し考えればむこうも同じ答えを見つけているだろう。こちらの名前を知っていて、能力を使って殺そうとしている事から、こちらの『禁止』の能力が知られてる確率はかなり高い。
「……こりゃキツくなりそうだな」
「ハッハッハッハ、もう弱音かい?」
「ルーン無しで直接って時点で既にセコいわ」
 髪の毛に燃え移らないでくれよ。
 思いながら一気に駆け出す。
 右に三歩。切り返して左に一歩、すかさず再び右に駆け出す。視線を意識的に動かしフェイントを誘った上で移動。ワンテンポ遅れて髪の根元が。ツーテンポ遅れて髪先がひらひらと舞いながらついてくる。
 思惑どおり三鷹は左側に火炎弾を放ってくる。……無言で。ヲイヲイ。早速前言撤回ですか?
 自分で言った自然界の摂理を三鷹は完全に無視。無言で連続的に攻撃を放つ。いちいちツッコんでる暇もなく、再びオレは走る。
 放たれた火炎弾は一瞬遅れ、その結果標的(オレ)を掠め、オレのすぐうしろで激突。爆発。炎上。
 オレは爆風に乗り加速。屋上にたまたまあったポールに捕まり、そのまま半回転。重心の移動、遠心力、腕力、爆風による加速を利用し、右斜め横から飛び出し三鷹に一気に詰め寄る。
 その直後、オレの、「こちらの動きは読まれているだろう」という読みは当たり、何の問題もなく三鷹は振り返り、
 
 目が会った。

 すでに彼我の距離は2メートル。
 お互いに刹那の硬直。即座に互いに硬直から解放。
 三鷹は火炎壁を発動。その名の通りに炎の壁がオレの前に立ちふさがるが、その行動を予想していたオレは、すかさずそれに突っ込む。
 予想外の展開にかすかにうろたえる三鷹。
 オレのワイシャツにまとわリつく炎が熱さを告げるが無視。最後の一歩を全力で駆け出し、三鷹に飛びかかる。
 近距離の爆発系の能力で、カウンター。
 嫌な予想が頭をよぎった。しかし、あとには引けない。
『攻撃を……』
 手のひらを開いて、掌底を浴びせ、
『禁止する!!』
 同時に叫んだ。
 直後、『禁止』の効力が発動。三鷹の操っていた屋上の炎が、一瞬にして消え去っていった。
 すでに火がついてしまったワイシャツは戻らないのかと心配していたが、服の炎も消えていた。不思議な事に焦げてもいなかったが、運がよかったのだろう。
「おい、あ〜〜〜、なんだっけ………え〜〜、そうだ三鷹!」
 オレの攻撃で吹っ飛んだ(といっても1メートルくらいなのだが)三鷹はすでに立ち上がり、オレが自分の服を確認している時に逃げようとしていた。
「は!? てめえまさかこのままですむと思ってンのか? この腐れナルシスト!」
 三鷹は振り向いて右手を「よっ」という感じで上げ、満面の笑みで言った。
「やられるところは全体的に美しくないのでな。まあ過去のことは水に流そうじゃないか、龍花君」
「ふざけてんじゃねエぞ! 三途の川の水で流してやろうか!?」
「はっはっは、現代の川の水は水質汚染が激しいのでそれは却下だ。ではさらば!」
 なんだかよくわからないが、三鷹はいつの間にか、視界から消えていた。
「……結局何で襲って来たんだよ?」
 肝心な事を聞いていなかったが、気にしない事にした。
「明日はなんか武器でも持ってくることにしよう」
 どうも所長と一緒にいると、面倒な事に巻き込まれる率が高い。それは別にいいのだが、学校内はやめてほしい。
 この平穏な生活を壊さないでほしい。
 オレは屋上からでて、教室にむかった。向かおうとした。
 屋上のドアを開けたらチャイムが鳴った。さっき運がいいなんて言ったのは訂正。
 ……運が悪い。

         *     *     *

 その後の授業及び休み時間などは全く問題なく進んだ。
 ただいま昼休み。弁当を食って、一通り場を盛り上げて、眠くなったので自分の机で突っ伏しながら思考遊び。
 今までずっとひっかっかってきたのは、あれだけの音や衝撃があったはずなのに、誰も聞いていないということだった。
 別に聞こえてないこと自体は不思議でもなんでもなくて、誰かが物理的、もしくは精神的に障壁、または結界を張っていたと考えれば納得がいく。しかしその場合、三鷹には仲間がいるということになる。
 基本的に能力者の能力は、種数は超えても一系統のものに限られる。
 つまり、第四種能力である水の発現と第参種能力である水の遠隔操作を同時に行うことが出来ても、それと同時に催眠や肉体活性などのことは出来ない。
 とすれば、三鷹は火炎系統。結界や催眠の能力はないはず。ここから考えれば仲間は最低でも一人、もしかすればもっといるかもしれないのである。
「…………………………めんどくせぇ」
 ついつい声にでてしまう。学校だと武器が持ち込みにくいので再び戦闘になった場合、今度も逃げ切れる自信はない。
「当分学校休むかなぁ」
 そうすれば武器も使えるし、学校の人々を心配せずにすむ。武器の問題よりも、むしろ後者のほうが龍花としては気が楽になる。
 と、窓から入ってくる光が遮られる。横に誰かが来たのだろうか。
「なに? なになに? ハナちゃん休むの? もしかしてサボり? それよりこんなとこでバラしていいの? っていうかなに? 公式発表? 沖山龍花、学校サボり宣言?」
 田中だった。ハスキーなかん高い声で詰問してくる。独り言を聞いてたのか。暇なやつだ。
 すると今度は反対側から女子の声が聞こえてきた。
「え? 沖山君学校サボるの?」
「もしかして彼女?」
「では朝のもラブレターですか?」
「学校サボってデート。 よし、調査だわね」
 いつのまにかいた女子四馬鹿トリオも逆サイドから口を出してくる。
 女子四馬鹿トリオとは、鈴木春香、高橋夏樹、佐藤秋江、渡辺冬美という絶対に何かの陰謀が働いたとしか思えない名前の四人組だ。ちなみにオレは誰が誰だかわからない。覚える気はない。最初は三人だったらしいが、二年生になりひとり増えて四人になったらしい。なぜかトリオという名前はいまだに残っている。っていうか絶対に4人でトリオはおかしいだろ。
 全員テンションが高い。噂話が好物。情報収集能力に優れ、金さえ払えば個人情報垂れ流し。おそらく情報面では校内一の危険人物。これ以上かってに喋らすと、究極的に危険なことがおきそうだ。本気で学校に来たくなくなるかもしれない。
 とりあえず顔をあげる。
「そこの四馬鹿はちょっとそこで待ってろ。それ以上展開を進めるな。そして田中はこっちだ!」
 田中の頭頂部を掴んで教室の角にいく。
「痛いいたいイタイ! なに? なに? ハナちゃん、なに? ぼくそんな趣味ないよ! きゃー、たすけてー(棒読み)」
 教室の隅に到着。田中に攻撃。がしがし蹴りながら問いつめる。
「おいふざけんなてめぇ。なんなんだ? なぜいつのまにやら手紙の話がだだもれなのですか? なんか納得いく説明してもらわないとオレの右手が貴様の顔と熱い再開を果たしちゃうぞ。血と涙の再開だ」
「わかった! 頼む。頼むから、拳と顔面仲良くしちゃダメ! ダメダメ。むしろ絶交! 磁石のSとSだから。な! な! 教えるから!」
「素直でよろしい」
 蹴るのもちょっとやめてやる。
「まったく、ノリが悪いんだから………すみません! イタイいたい! はい! ごめんなさい! 売りました! 親友と書いて『とも』とよぶような関係のハナちゃん売りました。ごめんなさい!」
「で? いくらだ?」
「……………………………」
 田中は指を一本立てた。
「なんだ?」
「…………………今日の昼飯……一食……ぶん……」
 がしがし、どかっ、、がしがしどこ、がしがしがしがし…………。
「ちがっ! それだけじゃなくて!」
 いったん手を止める。
「何が違う?」
「だからそのかわりに、次回御利用の際は半額っていうことぎゃめぎぱりゃ……」
 がしがしがしがしがし  がし、がしがし    がし………。
「けど! けどぉ!」
 もう一回手を止める。
「ん?」
「……ハナちゃんもそこまでムキになるってことは、…………ホントにラブぎゃああああ…」
 がしどがっ ぼくぼく げしげしがし………がしどかどかがし…。
 一通り終わって机に戻る。田中は部屋の片隅で死んでいる。
「で、四姉妹」
「だから姉妹じゃないって前からいってるでしょ」
「いーじゃんそんな、どうせ姉妹みたいなもんなんだから。そんなことよりさっきの話なんだけど」
「噂を流すのを止めてほしいんですね、そしたら、そうですね……嬉助食堂のラーメンでどうですか?」
 嬉助食堂はうまいと評判の中華食堂で、ラーメンはたしか五百円だったか。まあそれくらいなら、と思ってうなずくと、
「よっしゃー交渉成立ぅ! じゃあ今度おごってもらうから、ちゃんと二万円プラス税、もってくること!」
「え? なに? 四人分? ……ってあれ!?」
「もちろんでしょ。あ、そうだ。あと餃子も四つね!」
「ヲイヲイ、マジかよ………」
 餃子はたしか二百五十円。となると、二万と千円。いや、なんかよくわからんがなぜかラーメンが五千円だったことを考えると何かがおきそうで、三万に行きそうな雰囲気。これは痛い。とてつもなく痛いが、我慢せねばなるまい。こいつらを野放しにしておくと絶対に噂話のレベルではすまなくなる。いまさら誤解を解こうと思ったところで、それを立証するには先ほどの戦闘についても言わなきゃならなくなる。あの人間がオレと同じ種族だとは思えない。多分どこかの異星人だろう。
 まあ、いっか。今度キノさんに給料前借りしよう。
「わかった。じゃあまた今度な。いつになるかは未定だ。それと噂はしっかり止めとけよ」
「わかってるてば。じゃーねー」
 手を振りながら自分の席に戻っていく四人。
「あ、ちょいまち」
「なに?」
 四人の中で一番髪の短い女子が振り向いた。
「三鷹智則っていう男を調べてほしいんだけど」
「誰それ?」
 言うとその四人の内の一人の女子は、メモ帳を取り出して書き込んでいく。
「オレもよくわからん。二十歳……は超えてる……か? わからん。とりあえず若かった。背は高くて、ああ、百九十はあったかな。あと眼鏡をかけてて、顔は美形っぽい……かな?」
 さらさらと滑らかに女子のペンが走る。
「特徴ってそれだけ?」
「それと一番大事なのが、口癖が『美しい』で、一人称が『私』。なんか美しいことを追求しているとか言ってた。見た目と性格のギャップが激しすぎる変なやつだ。……っと、こんなもんだ。また思い出したら教えるわ」
「じゃあこれで調べてみるね。報酬にケーキバイキング追加ということで。駅前のやつ。もちろん四人分」
「……あああああ、また多大な支出が。ところであなた様のお名前をお教えいただけませぬか?」
「あれ? 知らなかった? 私は鈴木春香。ハルでいいよ。じゃあ明日までに調べておくから。明後日に聞けばいつでもおしえてあげるよ」
「っていうか早いな」
「それがウリですからっ! じゃあねー。ばいばーい」
 かるーくいうと、また戻っていった。
「あいつが春香……」
 覚えておこう。次忘れるのはさすがに失礼だ。まあ他のやつは覚えてないので変わらないが。
 ………………それより、
「…………………………前借りぐらいで足りるかな?」
 オレのつぶやきに答えるようにちょうどチャイムが鳴った。
 教室の片隅で田中はまだ死んでいる。ざまぁ。
 よし、ラーメンと餃子はあいつ持ちにしてやろう。
 決めた。

          *     *     *

 下校時刻。
 ついさっきまでオレンジ色だった空を藍色が支配している。星はまだほとんど見えないが、月だけはしっかりとその姿を表わしている。
「おい、まだ落ち込んでるのか?」
 オレは田中と一緒に下校中。隣の田中は猫背になってとぼとぼ歩いている。
「だってハナちゃんがいじめたんだもん。ぼくかなしいニャン」
「なんの脈略もなく無気味なキャラ付けすんな。気色悪い」
 目を擦りながら歩く(泣きまねのつもりか?)田中を軽く流して少し歩くペースを速める。
 ふっ、と田中は唐突に普通になった。
「結局ホントはなんだったんだ? あの手紙。呼び出されたんだろ」
「いやオレに聞かれても困る。むしろオレが聞きたい」
 本当にわけがわからなかった。結局なんだったんだ?
 と思っていると、噂をすればなんとやら、その三鷹が横断歩道の反対側にいた。待ち伏せていたらしく、こちらをじっと見ている。信号は赤。しかし横の歩行者信号はすでに点滅している。
 笑顔だ。やばい。
 本能的に危険を感じた龍花は、即座に行動を起こした。
「あ、そうだそうだ、買い物があったんだ。じゃあな田中! なんか話の途中ですまんがここでお別れだ。それではまた明日会おうぅぅ!」
「なに? ハナちゃんどしたの? ちょっと待ってよ! え、なに?」
 わけがわからなくなっている田中をおいて走った。ちらっと逆の歩道を見ると三鷹も走っている。そのまま数分走り、少し細い住宅地的なところに入っていく。
 追い付いた三鷹が話しかけてきた。
「やあ龍花君。今日君に会うのは二度目だね」
「今日と限らなくても二度目だ」
 なんとなく言い返す。
「まあそんな細かいことは気にするな。細かいところばかりに気がいっていると美しくはなれないぞ」
「なる気ないし」
「はっはっはっは! では早速始めようか!」
 おいおい、いきなりかよ。まあ別に今回は戦う気ないからいいんだけど。
「いいけど、背中になんかついてるよ。なんかめちゃくちゃ汚い感じのやつ。放っといてイイの?」
 もちろん嘘だが三鷹は本気にした。コイツは本物の馬鹿ではないか?
「なにっ!? なんだそれは? どこだ! どこにある! そんなのがついていたら醜いではないか! 美しくないではないか! おい、龍花君。どこにあるのかね? とってはくれまいか? おや? 龍花君? おい龍花君? いないのかね? 龍花君! ………はっ! もしや……………、私のために洗剤を持ってきてくれようとしてくれているのか? 優しい、なんて優しいのだ龍花君! いや、もはやこれは美しいといても過言ではない! なんて美しいんだ龍花君。これぞまさにライバル愛! それでは私は君の行為に甘んじるとしよう! ここで君を待っていよう! いつまででも待っていようではないか!」
 三鷹智則は道路脇で腰を下ろし、龍花との再開時の、熱い抱擁のイメージトレーニングを始めた。ボディランゲージ付きで。
 十五分後、付近の住人に通報されやってきた警官に両脇を捕まれ、補導されていった。

          *     *     *

 もちろん龍花は三鷹が考えていた行動などするはずもなく、当たり前のように逃げていた。あのあと田中に謝ろうと思ったのだが、結局会えないまま、そんなこんなで事務所(兼自宅)に帰ってきていた。
 オフィスデスクが四つある事務室に入る。部屋を掃除するという行動を起こす奇特な人間はこの中に龍花一人しかいないので、必然的に朝と全く変わらない状態か、それより悪化した状態の部屋になる。わかってはいるが再確認して少し鬱になる。
 乙はいつものように窓際の自分の席で本をよんでいる。外国語で書かれているらしく、この前見せてもらったが全く読めなかった。
 明日香は乙から見て左前の席で左手でポテチをチョビチョビ食いながら、ラジオを聞きながら、競馬新聞をよみながら、何か手帳のようなものにメモをしている。なにかデータでもとってるんだろう。これまたいつものことだ。
 洸平は明日香の真正面の席だ。何をしているかというと、無駄なことをしているとしか言い様がない。刃渡り十センチほどのナイフを三本使ってジャグリングをしている。うめぇ。無駄に上手い。机の上には同じナイフがあと三本ほどある。というかそれより、
「なにしてんだよ。危ねえだろうが」
「あ、龍花さんお帰りなさい。なんかいつもと変わらず楽しそうですね。なにかいいことでもあったんですか?」
「いつもと変わらないなら何もなくても変わらないだろう、というツッコミはおいておくとして、その危険な遊戯を今すぐ即刻早急にやめろ」
 洸平はそんな言葉は聞いていないかのように、そのままじゃグリングを続ける。視線はこっちに向いているのにいっこうに落とす気配もない。なんかもうプロ級。
「どうしたんですか? なんかいつもと比べて楽しく無さそうですよ。なんかやなことあったんですか?」
「さっきと言ってることが正反対だが、いやなことがあったのは確かだとだけ伝えておこう。その中の8割は『お前の存在』という項目で埋まっていると言うことも一応伝えておく」
 そういってオレは机の上のナイフをとり、洸平の手の中で回っているナイフも取ろうとしたが、危険だったのでやめて、言う。
「それを渡せ。もしくは死ね。できれば両方。無理なら後者」
「とりあえずこれだけ渡しときます」
「結構」
 オレの手の中には洸平から取ったナイフが6本。ふと違和感。
「なあ、なんでこれだけちょっと黒ずんでるんだ?」
 手の中で一本だけ他のと比べてグリップの色が濃いものがあった。
「ああ、それですか。今日少し使ったんですけど、血がなかなか落ちなかったのでそのままだったんですよ。あ、今思い付いたんですけど、それだけ違う色なのもなんか変ですから、他の五本も血で染めません? 龍花さんので」
「その『少数にその他全てを合わせる』っていう、それこそ少数派意見は改めた方がいいと思うが?」
「やっぱり、同じ人の血液のほうが同じ色がでますかねぇ」
「聞いてねエし。……それよりそんなことしてるぐらい暇だったら手伝ってほしいことがあるんだが」
「すみません。いまちょっと呼吸に忙しくて手が放せないんですけど」
「頭頂部に覗き穴ができるのと、頭部と胴体の永遠の別れとどっちがいい?」
「安易なオルタナティブはよくないですよ龍花さん。はは、構えないでくださいよ。やだなあ、冗談ですってば。で、何処に行くんですか?」
「武器の手入れ。先に行ってるからそのナイフを洗ってからこい」
 洸平が「わっかりました」といって水道のところにいこうとすると、キノさんが喋った。
「仕事が入った。十時に出発する」
 その言葉に最初に反応したのは明日香だった。
「うえぇぇぇぇ〜、また夜中ぁ?」
 何でそんなにいろんなこと(左手でポテチをチョビチョビ食いながら、ラジオを聞きながら、競馬新聞をよみながら、何か手帳のようなものにメモをする)してるのに、話が聞こえてるんだよ。と、言いたかったが、明日香に言っても全く無意味なのでそのセリフは口の中で消える。
「わっかりましたぁ」と、また洸平が言って、話は終わった。
 早く下に行って、明日持っていくものを考えよう。あとちょっと練習だな。考えて地下にある武器庫に向って階段を降りていった。
 少し遅れて洸平が階段を降りた。

          *     *     *

 乙探偵事務所の地下には、体育館ほどの広さの戦闘訓練室と、体育倉庫ぐらいの広さの武器庫がある。
 広い部屋の中で、洸平と龍花が向かい合って立っていた。
 再生能力の洸平と、禁止能力の龍花。戦闘時においての有用度は比べるべくもないだろう。その差を補うための訓練。とでも言えばいいだろうか。
 洸平は両手で、身長より少し短い黒杖を構えており、龍花は両手に一丁ずつ、黒い自動拳銃を持っている。コイルガンではないその銃の弾は実弾であり、人間を殺傷する能力を十分に持っている。
 二人の距離は三十メートル。洸平の黒杖では届くはずもなく、龍花の腕では射程圏内に入っている。
 すうっ、と。
 洸平の足が滑るように動いたのがはじまりの合図となった。
 その足の動きと同時に、重なりあった六発の銃声が鳴る。
 龍花による両手三発ずつの高速連続射撃(クイックロッド)。
 しかしその銃弾は洸平の身体を貫くことはせず、百分の一秒の間も開けずに重なりあった六回の金属音が鳴る。洸平の黒杖が吸い寄せられるように全ての射線に滑り込み、弾丸を弾き飛ばしたからだ。
 その人間業とは思えない行為にも全く怯まずに龍花も駆け出す。銃によるリーチ差の有利など関係ないとでもいいたげに、全速力で龍花は疾る。
 最短距離をなめるように滑る洸平の姿は一見普通のように見えるが、龍花との距離は見る見る内に縮まっていく。それに対し龍花の直線的な動きは鋭く、洸平のスピードと相まって二人の距離は二秒と経たないうちにゼロになる。
 二人が交差するまでに放たれた銃弾は最初の六発を含め全部で三十二発。同じく聞こえてくる金属音も同数。
 全てを叩き落とした洸平も神業なら、洸平のつかみ所のない動きに合わせ、全ての弾ををたたき落とさざるを得ない位置にピンポイントで合わせる龍花も神業と言える。
 密着したゼロ距離で繰り出される洸平の攻撃。至近距離では使い物にならないようにも見える長い黒杖を器用に操り龍花に攻撃を繰り出す。
 龍花はその初撃を右手の銃の銃口で受け止め、間を開けずにトリガーを引く。飛び出た弾丸はしかし黒杖を掠めるに留まった。
 洸平がその直前に黒杖をずらし衝撃を回避している。そのまま流れるような二度目のなぎ払いが龍花に襲い掛かる。
 しかしその先には左手の中にある龍花の銃の銃口が待ち構えていた。
 耳を突き破るような金属音が鳴り響き、音速を超えた弾丸が黒杖を押し戻す。それと同時に、龍花は右手の銃を再び発射。
 これをあらかじめ予想していた洸平は、発射の瞬間に体をいれ替え弾丸を回避。その後飛び退こうとしたが、龍花の左手で再び鳴り響く軽い銃声。それと同時に洸平は腹部に強い衝撃。
 その発射によって全弾撃ち尽くした龍花も後方へ飛翔。一分の隙も見せずにカートリッジを交換。
 十メートルの距離を開けて二人は再び対峙した。
 数秒後の洸平の腹部に残っているものは、服に開いた穴だけ。数センチの銃創などの再生は、洸平の再生能力にかかれば一秒とかからずに完全回復してしまう。
「ああ、これじゃあまた服を買わないといけませんね。けっこう気に入っていたんですけど」
「そんな服を着て闘うな。少しは考えろ。むしろ考えなくていいから死ね」
「いや、龍花さん相手だったら服に傷なんかつくぐらいの闘い方しなくてもいいかなあと思っていたんですけどね」
「そのじわじわくる皮肉を聞いてるとお前の性格を再確認できて、とても最悪な気分になる。よってお前のその認識を改めさせるためにあと二百コほど穴を開けてやるとしよう。その後死ね」
 そう言って、龍花は走り出した。
 
 ニ度目の接触。
 さきほどとはうって変わって聞こえてくるうちの大部分は金属音。銃声はときおりその間を縫うように聞こえる程度。銃声は小さく、金属音で掻き消えてしまうほど。
 ゼロ距離ではなく、手がギリギリ届くくらいの間合い。洸平にとっても龍花にとっても一番やりやすい距離だ。
 よって必然的に闘いは激しくなる。
 攻撃に移るために洸平が黒杖を限界まで引く。
 引いただけの加速をもって杖の先が龍花に迫るが、龍花は銃身によって流す。すかさず黒杖を引き、二度目、三度目の突き。
 全てをしのいだ龍花は反撃に出る。
 四度目の突きのために再び引かれた黒杖に合わせ一歩踏み込み、右手に持った銃のグリップによる殴打を洸平の右側頭部に打ち込む。
 頭を引いて避けようとする洸平。
 しかし銃は本来は鈍器としてではなく銃器として使用するものであるということを龍花は忘れていない。
 龍花の手の流れは、そのまま洸平の顔面に銃口を向ける結果となった。正しくは、そのように龍花が仕向けた。
 そして再び、無音の銃声。
 咄嗟に避けた洸平の耳を抉りとって銃弾は進み、背後の壁にめり込む。コンクリートと銃弾の衝撃音が聞こえる前に龍花は再び顔面にむかって発砲。さらに死角に入っている左手でも腹部にむかって三連続のクイックロッド。
 前者は洸平の耳をさらに抉り、後者は一発を黒杖でしのがれたが、残りの二発はしっかりと命中。洸平の内蔵を巻き込んで後方に吹き飛ばす。
 攻撃の手を一瞬休めた洸平にむかって、さらに連射、連射、連射。
 至近距離での発砲に洸平が防げたのは右手の銃の分だけ。左手の銃の弾丸は全て体を貫通していた。洸平の後ろの床にはちぎれた肉と血液が散乱している。
 両手の拳銃にそれぞれ残り三発ずつ残したまま、龍花は衝撃でよろめく洸平に再び側頭部への打撃を見舞う。
 しっかりと右手に伝わる重い感触。
 頭蓋骨の軋む音と皮膚がえぐれる感触を感じる。
 決まった! と龍花が思った瞬間の油断を洸平は見逃さず、龍花の背後の死角から黒杖の一撃を放ち、龍花の背中を強く打ち付ける。
「っ!」
 龍花は衝撃でうめいたが、脳震盪を起こしてもおかしくないはずの衝撃をうけた洸平は、相変わらず微笑を浮かべたままである。その目はこれからの反撃を語っていた。
 その言葉(?)どおりに、黒杖の一撃に連続して、杖を持っていない方の拳が腹に飛んできた。龍花は咄嗟に銃身で防ぐが十分ではなく、拳銃の堅い感触を腹部に味わう。さらに襲い来る黒杖を、逆の銃で受け止め、流す。
 後方飛翔して体勢を立て直そうとするが、話した距離と同じ分だけ洸平が歩み寄ってくるために距離をとることが出来ない。
 すでに全ての傷が回復した洸平の猛攻が始まった。
 ガガガガガガガガガガガガガガ………………、
 延々と続いていくかとも思える金属の協奏曲。それにあわせるかのように、踊るように攻撃を繰り出す洸平。
 振り下ろし、突き、逆袈裟、三段突き、振り上げ、下段斬り、上段突き、振り下ろし、足払い、突きのフェイント、黒杖を回転させて逆側による突き、なぎ払い、高速の三連続斬り…………。
 右から、左から、上から、下から、正面から、背後から。
 まとわりつく触手のようにうねる黒く長い杖。その合間に見える笑顔。それらを視界に収めながら、龍花は両手に収まっている金属の固まりを使ってなんとか攻撃を受け止め、流す。発砲する余裕は全くない。
 龍花は気がつけば壁を背にしていた。洸平の連撃を退きながら返していたため、だんだんと壁が近付いてきていたのだ。
 と、唐突に洸平の攻撃が止んだ。、
 予想していた衝撃をすっぽかされ、体勢を少しだけ崩してしまった龍花の顔の真正面から、黒杖が槍のように飛んでくる。
 投げるのかよっ!!
 全ての集中力をそこに使って間一髪で顔を横にずらした。
 その行為自体は成功し、なんとか黒杖は耳すれすれを通って背後のコンクリートに突き刺さった。

 しかし……、
 視線を黒杖から前方に戻した刹那、眼前数ミリには洸平の左手の中指の爪が見えた。
 ぺちっ。
 でこぴんが一発決まり、緊張の糸が切れた龍花は壁をずるずると滑って座った。呼応して、赤みがかった2メートル近い髪の毛が床に散らばった。

          *     *     *

「っつー、なあ洸平よ。オレには全自動体細胞修復機とかないし、ちゃんと痛覚神経だって通ってるんだから、もうちょっと手加減してはくれませうか?」
 床に腰を下ろして龍花は休んでいる。
 今は痛む両手をぶらぶらさせるという科学的に何の根拠もない方法で痛みをとっている。
 洸平との戦闘訓練の時、黒杖の打撃を受け止めた手がとても痛い。
「本番と同じようにしなくちゃ、訓練の意味が無くなっちゃう、ってどっかで聞いたことがあったんでつい力だしちゃうんですよ。それに、それくらいはちゃんと受け止めてもらわないと困りますよ。フェルト合金の拳銃を使ってるんですから、それに見合った動きをしてもらわないと」
「うるさいだまれそして死ね。てめえの棒だって同じ素材だ馬鹿。そしてお前の動きは人間じゃないから追い付くのは死なないと無理。死ぬつもりはないから無理」
 フェルト合金と言うのは、洸平が乙探偵事務所の所員となって初めてやった任務の時に報酬としてもらった金属だ。
『一度固体になったこの金属は、その後の温度変化によって一切変化せず、さらに、どんな状況でも硬化した状態を保ち続ける』という性質をもっているらしいのだが。
 こいつのすごいところは、ただでさえ堅いのに、中に混入されている微細機械によって、傷付いてもすぐに元に戻ると言う、自己再生能力をもった金属だというところである。(っていうかそれって金属なの?)
 これによって洸平の黒杖は曲がらず折れず傷つかず、オレの二丁拳銃も洸平の打撃にたえることが出来るようになった。
 しかし堅いものをもっているからといって、衝撃がなくなるわけでもない。手でもっているからには手に衝撃が来るのは当たり前。
「お前が死ねばそっちの戦闘力はゼロ。生きてれば少なくとも一以上だからオレの勝ち。この結論を導くために潔く死んでくれ」
「すみませんねえ龍花さん。どうすれば死ねるのか知らないので死ねません。あ、そうだ。龍花さんと一緒にサリンが充満してる部屋に入れば死ねるかもしれません。どうですか? 早速試してみましょうか?」
 下らない言い合いはめんどくさくなったのでオレが黙ってオレの負け。負けても失うものは安っぽいプライドだけなので別に気にしない。
「…………で、どうだった?」
「七十点ぐらいですかね。やっぱり利き手じゃないぶん、左手の反応速度が少し落ちてますね。手がまだ痛いのは衝撃の吸収がうまくいってないせいです。さっきの『このくらいは』っていうのは本当ですし、今ぐらいのだったら当てるだけじゃなくて、引いて衝撃をやわらげる動作をいれるようにしないと」
「無理だろ。というか今のが限界だ」
「じゃあ限界を超えてください。それと僕以外だったら別にいいんですけど、僕は頭打たれても平気なんで、攻撃の時に隙をつくってると反撃しちゃいますよ。というかしましたけどね」
 右手にいまだに残っている骨と皮の感触を思い出す。
「あぁもう! てめぇを中心に考えるな! どう考えたってあれは脳震盪コース一直線だろうが!」
「そうですか? まあちょっと視界がぶれましたけど……」
「黙れそして死ね」
 龍花はそう言うと立ち上がって武器庫のほうに歩いていく。
 洸平はにっこりと微笑みながら後についていく。
 体育館についているような巨大な時計は六時を指していた。
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