第四章




意識を取り返したら何故か車に乗っていた。
「あ、龍花さんおはようございます。朝じゃなくてもいつでも起きたときにはおはようございますってつかえるのがなんかイイですよね。何がイイかは分かりませんけどまあとりあえずはおはようございます」
運転しているのはそんなことをほざいてる洸平だ。
「…ってかテメェ免許持ってんのか?」
「はい? そんなもの持ってないに決まってるじゃないですか。僕が教習所なんてめんどくさいところに行くと思いますか?」
「…いや、もういい。ちゃんと動かせてカナより上手ければ」
まあ本当にそんなことはどうでもいい。どうせキノさんだってもってないだろう。明日香は論外なので、あいつに免許を渡したやつを呪ってやって閑話休題。
「ここはどこだ?」
寝てて気付かなかったが起き上がってみると外がまだ暗いのがみてとれる。
「龍花さんがなかなか起きないんで適当にいろいろと手当てしてこの車にのせて現場から帰宅途中ってとこですね。帰宅って言うのが事務所をさすとするならばそれであってますよ。あとだいたい三十分ぐらいで着くんでもっと寝ててもらって結構ですよ。三十分じゃ足りないんであと八十年くらい眠り続けててもいいですっていうか寝ててください」
「お前が寝てろ。永久に」
 身体をみるとあちこちにガーゼが貼ってあったり、包帯やらが巻いてある。なんだかんだいって意外にちゃんと手当てしていることに気付き、心の中だけで感謝しておく。心の中だけで。
「あ? カナはどこだ? キノさんも見当たらねぇ…」
 今気付いてみたらこんな小さな車(ただの軽自動車)に男二人なんてとてつもなくつまらない上にムサいのだが、それを上回る洸平の爽やかさ(ウザさ)がそんな感覚を感じさせない。いいんだか、悪いんだか微妙。
「二人は別のトラックっぽい自動車で帰ってます。明日香さんはそのまま病院に連れてって所長はあの熊をトラックで事務所に運んでいきました。あ、今の説明はなかなか無駄な話の入れようがなかったので僕としては珍しく簡潔にまとまってしまいましたよ」
「知るか。とりあえずはカナは無事なんだな?」
「龍花さんよりは元気だったですから大丈夫だと思いますよ。ケガもそんなに深くなかったですし」
「カナより重傷のオレはこの扱いか?」
「ああ、それなら僕が『龍花さんの身体は丈夫なンで全然これっぽちも心配いりませんよ!!』って所長に進言しときましたから」
「お前は後八十回ぐらい死ね」
 明日香の無事がわかったところで状況整理。
 まず依頼は達成。対象の熊の捕縛(捕殺?)は出来た、らしい。洸平が現れてからのことは気絶していたからわからないが、こいつのことだ。多分楽勝だったんだろう。それならもっと早く来てくれとも言いたいが、もう過ぎたことだし第一、言ったところでこいつが自分の行いを振り返ったりすることなんて、一秒後にオレが死んでいるなんてぐらい考えるだけ無駄なぐらいの確率なのだ。つまりは言ったところで無駄。
 そして戦闘によって明日香は病院送り。キノさんは熊のおもり。オレと洸平は男二人で真夜中のドライブ。
 まあそんなとこか。あまり整理できてない所に気付いたが無視。
 と、いきなり。
「ああ。龍花さん、いいタイミングで起きましたね」
「はぁ?」
 意味を分かりかね、聞き返そうとした時、
 
 キキイイイイィィィィィィィィィィ!!!
 
 かん高いブレーキ音とともに乗っている車が水平左回りに四分の一回転。俗に言うドリフト走行をおこなって進行方向と垂直に停止。幸い、ほとんど誰もいなかったので被害者はゼロ。
 他の車もないので洸平がドアから外出る。ドリフトによって運転席はそのまま進行方向にドアを向けているためにそのまま進んでいける。
 そんな中オレはといえば、頭を窓ガラスに打ちつけたおかげでまだ車内にいた。
 窓から外を見るとそこには歩いて不審な人影に歩み寄る洸平。
 道のど真ん中で立っている人間。急ブレーキをかけたのはコイツがいたからだろう。そいつはこの暗い夜に一人明るく目立つような真っ白なワイシャツを着て下は普通のベージュのズボン。メガネ。そして全てを馬鹿にするような高笑い。特に最後の高笑い。
 ようするに、
 
 今日さんざ会った、三鷹だった。

「はっはっはっはっは!! やあ、この美しい新月の下、こんな形での再会はとても美しく私は大いに上機嫌だ! 龍花君! ……おや? 龍花君、その髪はどうしたのかね? まさか、赤く染めていたあの美しい長髪を切った上に脱色してしまうとはなんとも嘆かわしい! それは美しくない、全く持って遺憾であるぞ!」
 なんなんだあいつは? まさかここで待ち伏せでもしていたのか?
 ………一瞬最悪な考えが頭に浮かんだ。
 もし待ち伏せをしていたならそれはそれでかなりの重大事項だ。こんな誰が通るか分からないような道で待っていると言うことはこちらの行動が全部筒抜けであることをも意味してる。
 しかしながらそこまで情報を持っておきながらやることがいちいち紛らわしい上に無意味だ。本気で何がやりたいんだか分からない。
「ああ、すみません。たいへん不肖ながらこの僕は龍花さんではありませんよ? 森知洸平といいます。こんにちは。あー、またこんにちはって使ってしまいましたね。もうこんな時間なんですけれどもそれでもこんにちはって言ってしまうのは癖なんでしょうかねえ? まあそういうわけで以降お見知りおきいただけてくれれば光栄かなあとかなんとか思ったりしています」
 そういって右手を差し出す。
 握手をするつもりだろうがちょっと待て。そんな見るからに怪しそうな奴となんで初対面でいきなりそんな親睦を深めようとしてるんだよ!! とも思ったが、怪しさはお互い様(洸平も)なので、まあおあいこだろう。…なにがおあいこかはよくわからんが。いやそこでとまって良いのか? 怪しけりゃいいのか? いやしかし……。
 思考の袋小路を彷徨っていると三鷹の声も聞こえてきた。
「おお、それはすまないことをした。しかしながら人間と言うのは間違える生き物でもあるのだよ!! そしてそこが人間の美しい所とも言える。その美しさに惚れた私は人間をさらに好きになっていくのだ! つまりは私はうつくしい!!」
 結論がおかしい。
「あ、それには僕も賛成ですね。やっぱり人間は間違ってこその人間ですよね? そうやって成長していくのがいいんですよね」
「そうだ! その通りだよ!! 分かっているではないか洸平君!! 君は今とても美しい! 君がどう思っているかなどは関係ない。誰がなんと言おうと君は美しい、洸平君!」
「それはそれはお誉めに預かり恐悦至極でどうもありがとうございます」
 ああ、もうだめだ。
 この二人の会話を聞いていると人間としておかしくなっていく気分になる。
 まあそんなことはさておいてここでひとつの大きな疑問。
 三鷹はどこまで敵なのか?
 今日の朝の時点では完全に敵であると認識していたはずだがいつの間にか次の遭遇ではなにもされず(軽くあしらっただけなのだが)今度は洸平と意気投合と言うなんとも奇妙な関係と言うか関係とまで言えるかどうかさえ分からないと言う状況。
 まあ敵味方で測れることの出来ない関係もあるわけで、ここでそんなことを考えるのも意味もなく、結局のところ問題なのは仲間か敵かではなくて、オレに被害が来るかどうかと言う人間としたらごく自然な思考回路なのだが……。
「ところで、あの長髪がとても美しい龍花君はどこかね?」
 びくッ、と体が動いたのは自分でもよく分かった。
 いや別に驚く必要はないんだけどね。だいたい待ち伏せだったらどこにオレがいるかなんて聞かなくても分かるの……、
「ああ、龍花さんでしたらそこの車の中ですよ」
 馬鹿洸平がぁぁぁ!!いちいちバラすなッ!!
「ッテッッメェエエエ死にくされえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 車のドアを蹴り開け、さらにドアを捻り千切り、そのままドアを洸平まで全力で投げる。
 と言うことを三秒以内にやったオレを誰か誉めてはくれないか?
 そんなこんなで宙を飛ぶ車のドアは、最終的には洸平に掴まれた。それも片手ですんごく自然に。
 火事場の馬鹿力で投げたオレを一瞬でも凄いと思ってしまって自己嫌悪。しかし洸平は別格だと自己弁護。そして再び自己嫌悪。
「龍花さん危ないじゃないですか」
 笑っていわれても怒りが再燃焼するだけだ。
「テメェのその状況からいってどこが危ないっつうんだア? 少なくとも隠れてンだからちったア気ィ使え死ね!」
 コイルガンを二つとも引き抜き、右手のを三鷹に、左手のを洸平にポイントして、その場で静止。
「それは危ないものは危ないっていう社会通念上の常識にのっとって考えてればすぐに分かると思いますけどね。まあ、つまりは危険っていう概念は完全なる主観的なものではなくて大いに社会的というか客観の視点からの考え方のほうが優先されるっていうことなんですよ。って僕は解釈してるっていうアドバイスを忠告しておきますよ」
 洸平に五発ほどコイルガンを発射してみたが、体を銃弾が貫いてるにも関わらず全く同じ調子で話す洸平は痛みなんて感じてないらしいので躊躇無くオレは撃つ。結果のわかってることをすることほど虚しいことはないというが俺がやりたいんだからやらせろ。
「龍花君! 全てを武力で解決しようというのは人類の悪しき汚点であり駄すべき行為である!! 龍花君は即刻その行為を停止し、私に倒されるがいい!!」
 その横で究極的な矛盾を吐いている三鷹には何故か十発も発射してるのに一発も当たらないという摩訶不思議状態。……照準合ってるのに。
 ってかまず二人で同時に喋られても理解できねえよ。
「ったくテメェらなんなんだよ!? そろいも揃って変人奇人大集合か?」
「大集合ってことは少なくとも龍花さんも入ってるってことにしてもいいですよね」
「テメェらだけだ死ねッ!!」
 クソったれが。
 この状況をなんとかしようと考えては見たものの、オレは車が運転できないので洸平が運転しないとならないんだが、あいつがあの状況なので無理。
 走って逃走。無理。
 三鷹を倒して逃走。無理………………………か?
 まてまて冷静に考えろオレ。あの馬鹿(三鷹)は待ち伏せをしていたわけだ。ッてことはつまり万全の状態で迎え撃たれてる状況なわけだ。
 その準備が分からない以上迂闊に闘いは仕掛けられない。今日の記憶を思い出し、論理を組み立て確率を考え結論。条件付きでクリア。
 ―――条件
 ―――洸平の戦闘参加。
 なんか最初の時点から間違ってる気がするのはオレの勘違いかとも思いたい。
 しかしながらこのままずっとこの状態が続くのはオレの精神衛生上よくないと思うので、やるしかないか。
「おい洸平。そこの馬鹿を殺せ」
「嫌ですよ。握手した仲じゃないですか。龍花さんはいったんつないだ手を無理矢理引き裂こうとしてるんですか? それともその馬鹿っていうのは実は龍花さんのことを言っていてそれはつまり自殺志願者かマゾヒストってこと……」
 バスッ。
 洸平の顔面の寸前を銃弾が通り過ぎる。
「もぉ、冗談ですって。本気にしないでくださいよぅ」
 いやそんな変な口調でいわれてもよけいに腹が立つだけなんだが。
 もういい加減ウザくなってきたので自ら行動するしかないと思い立ち
、三鷹に戦線布告を行なう。
「おいそこのアホメガネナルシスト。今からテメェをぶち殺そうと思うんだが何か言い残すことはあるか?」
 するとやつは言い切った。
「ない!! なぜなら私は龍花君と戦闘を行なう気は全く無いからだ!! ではさらば!!」
「は?」
 唖然としているうちに三鷹はいなくなっていた。
 本当に唐突に、何の脈絡もなく、逃げた。……のか?
 まあ見た目逃げったぽいが、そうなると自分から仕掛けといて逃げるという本気で意味の分からない行動を取ったことになる。
 ―――いや、本当に戦闘を行なう気がなかったのか?
 考えても分からないことは分からないのでもうそういうのは無視するに限る。
 まあどうでもいい。とりあえずは洸平にどうにか移動手段を調達させて事務所に帰るとするか。さしあたってすることもないので帰ったらとっとと睡眠を取りたい。
 構えていたコイルガンをもとに戻して洸平と歩き出す。

 ってか、三鷹は結局何がしたかったんだ?

 答えのでない問いを考えて暇を潰すのも洸平と喋ってるよりはいいかもしれない。
 まあ。
 どうでもいいが。

          *     *     *

閑静な住宅街の一角に他の家よりひとまわり大きく、豪華な家があった。表札は田中。
その邸宅の中に、三鷹は入っていった。
「ただいま」
 時刻は3時を回ったあたり。起きているやつはいないだろう。それでもとりあえず挨拶はしておく。
 靴を脱ぎそろえて階段をのぼる。今日一日は疲れ過ぎた。人格を造り出すのも楽じゃない。
 ドアを開けて自室に入る。キィィと、ドアが軋んだ。この家も古いのだろう。あちらこちらに改築の跡が見て取れる。その中でこの部屋はかなり昔から使われてたらしい。壁のシミや日焼け、床の音がそれを示している。
 その古めかしい家のなかで、この部屋はその雰囲気にそぐわない状況にあった。
 まず入って目につくのは3台あるパソコンのディスプレイとそれぞれつながれた本体。8畳はある部屋の半分を閉めている本棚。そして床に散乱した書籍。ジャンルは多岐に渡り、明治の純文学から話題のベストセラー、ライトノベルやハードカバー、哲学書もあればどうでもいいような雑誌類も大量においてある。
 その大量の本達を全く無視するように三鷹は部屋の隅にあるベッドに向かう。紙が折れる音と床の軋む音をならしながら三鷹はベッドにたどり着き、勢いよく突っ伏した。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 盛大な溜め息をつく。洸平達と喋っている時とは別人のようだ。その顔にさっきまでの覇気と威厳と自信はなく、残りかすのような表情でベッドに顔を埋めている。
 ―――おいおいをいをい何なんだありゃ?
 現在の三鷹の思考の中心は先ほどあったばかりの洸平だ。
 三鷹の能力は炎系ではない。本当の能力は相手の精神に干渉して感覚を狂わせる第参種能力者である。
 一度でも視線を交わせば、その対象の感覚神経に働きかけて、こちらが意図した映像、匂い、音やその他感覚で感じ取るもの全てをごまかすができる。
 炎のイメージを見せれば相手はそれを炎以外には見えなくなる。それはこちらが幻覚を見せているのではなく、こちらが送った「炎」というイメージを相手が自らの感覚で造り出すことになるために、その情報に違和感を感じることはまず無い。……まず、無い。
 そのはずなのに、あの洸平はいともたやすく幻覚を破った。しかし注目すべきはその後。
 龍花は距離が離れていたから分からなかったんだろうが、握手をしている時の洸平から出る殺気は、それだけで人が殺せるほどの強力なものだった。
 恐怖。
 久しぶりに本当の恐怖を感じた。
 あの仮面をかぶった道化は、笑った顔をしながら内面の殺気を全く押し殺すこと無く吐き出していた。
 あのままあそこに残って戦っていたらどうなっていたのだろう。想像もしたくない。
 だいたい第参種なんて戦闘には全くもって不向きだ。だからこそ龍花は拳銃を使用してその分を補っているのに、こっちときたら戦闘力など皆無に等しい。戦うときは必ず勝つときだ。勝てない戦いなど最初からしないに決まっている。
 そんなやつが能力の効かない猛獣のような相手に勝てるはずがない。だからさっさと逃げたかった。龍花がきっかけをつくってくれて本当に助かった。おかげでまだ生きていられる。
 逆説的な考えのもと、龍花に感謝しつつ、眠りたい欲望を踏み越えて起きあがる。
 まだやらなければならないことがある。
 3つあるパソコンのうちひとつを立ち上げる。
 ウィィィィンと冷却ファンが回る音、ついでカリカリというハードディスクの音が聞こえてくる。
 パソコンに向かい、パスワードを入力。
 ネットに接続。ウィンドウを五つ同時に開く。
 それぞれ違う掲示板に接続。高速スクロールで全ての情報を読み取っていく。それが終わったらまた次のページ。そして次。
 調べているのは今日の一連の騒動についての世間の反応。及び情報の流出の確認。別勢力の反応。
 それらについて、積極的に表に出そうとしているグループ、または能力者どうしでしか話さない掲示板をいくつかリストアップし、それらを現在チェックしている。
 ―――クソッ
 やはり空高く上がった光の柱についての情報が多い。
 いくらこちらが煽った闘いだからといって、あそこまで目立つ行動をしてくるとは思わなかった。
 基本的に能力者の情報は明るみに出てはいけないという暗黙の了解が能力者どうしでなされている。しかし今日の騒動はほとんど三鷹独断でやったに等しく、その事後処理も全て三鷹に任せられているために今回はかなりの情報操作を必要とするようだ。
 昼間龍花に見せた余裕の表情などは消え去って、その顔には焦りの感情が濃く浮かび上がっていた。
 

          *     *     *

「やあただいま小夜歌君このボクの帰りを待っていたのかいそうかそうか嬉しい限りだよ本当に僕は幸せものだなあこんなに綺麗な人が僕の帰りをがはっ!」
 背中に木雨を背負ってドアを開けた更沢が、部屋に入るなり妄言を吐いたので西沢小夜歌が、もっていたバインダーの角の一撃で黙らせた。
 無駄だと思ったが、とりあえず高山はツッコミを入れておいた。
「いい加減学習しろよ更沢」
「ふふふ全く痛いじゃないか小夜歌君。そのクリップボードの角は鋭利なんだからそんなに激しく攻めないでくれ。疼いちゃうじゃないか」
「紛らわしいことを言わないでください所長。刺しますよ?」
「刺すだなんてそんなアブノーマルなプレイはボクは期待して痛い痛い痛いイタイいっっっっ・・・まあそんな小夜歌君も僕は好きだよ☆」
「無視か? 無視なんだな? それともツッコミ待ちか? 西洋の拷問器にかけてやろうか?」
「やだなあ高山君。冗談に決まっているではないか。ああ、小夜歌君に体する私の態度はいつも本気だよ。心配しないでくれ」
 一通り漫才が終わったと見て、高山は切り出した。
「で、どうだったんだ? 回収作業は。見たところ上手くいってるようには見えないが・・・。木雨は大丈夫なのか?」
 更沢が背負っている木雨はぐったりしている。更沢の白衣にも血が付着していて、傍目から見たら重症に見えてもしょうがない状況だ。
「だいじょうぶ? 木雨ちゃん・・・」
 小鳥も心配して、木雨に声をかけたが、返ってくる言葉は無かった。
 まあ普段からほとんど口を開かない木雨なので、無事かどうかの判断基準にはならないから正直わからない。
「木雨君ならだいじょうぶさ。僕が全力で助けてあげたからね」
 自信満々に更沢は言う。
「局長のだいじょうぶはアテになったためしがないのでとりあえず木雨を医療室に送れ。後の処置は俺がやる。」
 高山はこの研究所での唯一の医療関係に携わっている人間だ。まずは木雨の状態の把握。その後治療も行うつもりでいる。
「・・・わかった高山君。木雨君は君に任せよう。まあ、彼は無意識のうちに自分の能力で水の膜をはって、出血を和らげていたようだからそこまで重症じゃないさ。とりあえず傷の手当ては頼んだぞ高山君」
「わかった局長。じゃあ小鳥と小夜歌は局長の報告をまとめいといてくれ。局長に自分で書かせると何が言いたいんだかわからん」
「わかりました」 
「わかったよー!」
 二人は返事をし、高山はその部屋を去った。
「あ、そうだ小鳥ちゃん。ちょっと倉庫に行ってここ一週間の研究資料持ってきてくれないかな?」
「りょーかいです小夜歌おねえちゃん!」
 びしっと敬礼して、小鳥は部屋から出て行った。
 そして残ったのは小夜歌と更沢のみ。
 二人きりとなり、雰囲気を変え、小夜歌が切り出す。
「・・・本当に大丈夫なんですか? 木雨さんがやられるとなると相手も相当の力を持ってると思いますが・・・」
 椅子に頬杖をついて座っている更沢の顔に、今日はじめて苦い表情が浮かぶ。
「確かに。この状況は厳しいと言わざるを得ないね。現状、局内で一番力があるのは、能力の相性を考えなければ確実に木雨君だからね。その木雨君がなす術も無くやられたとすると、その相手にこちらに太刀打ちできる隙は無いだろうと僕は思うけどね・・・」
「局長。局長が言うその戦力の中に自分のことは入っていないのですか? 一番強いのは局長だと私は思いますが」
 立ち上がり、更沢は小夜歌と反対方向にあるコンピューターを見つめる。
 そして背後に向かって自嘲の言葉を放つ。
「はは。やめてくれ小夜歌君。僕なんかは戦力には成りはしないよ。木雨君の方がよっぽど強い」
 呟くように言う。
「能力的にも・・・。精神的にも・・・僕が勝っているとするなら、唯一この局長と言う役職だけだろうね」
 一瞬の静寂。
「――まあ局長が自分でそうおっしゃるなら、そういうことにしておきましょう」
 その言葉を境に更沢から重い空気が抜けさり、軽い空気が再びまとわれる。
「ありがとう小夜歌。・・・お礼にハグしてくれないか? ハグ。もしいやならキスという手もあるけど?」
「もういい加減やめてください。調子が狂います」
「まったく小夜歌はつれないなぁ」
「いつものことです」
 そうしていつもの調子に戻ると、二人は今日の報告書を作り出した
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